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これは、老子の道徳経八章の言葉です。
私がはじめてこの言葉と出会ったのは、20年位前だったと思います。 当時の私は、自分の本当にしたいことを探していた時期で、色んなことを試している段階でした。
その時は、事務職をしていました。 まだ始めて半年経った位だったと思いますが、既に退屈で仕方がなくなっていました。 元々活動的で、ジッとしていられないところがあったみたいです。 これまでやったことのないことをやってみようと、事務職を選択したのですが、これは私には全く合いませんでした。 それでも、自分には合わないということがハッキリと分かったので、今ではやってみて良かったと思っています。
退屈でついウロウロと、あちこち掃除して回っていました。 しかしそれは本来、私の業務ではないので、言われてもいないことをいくらしたところで、何の手応えもありませんでした。
自分のしていることが、何の意味も価値もないように感じられました。 他人の散らかした所を黙って片付けて、でもそれは当たり前どころか、気付かれることすらなかった…。
してもしなくてもどちらでもいいことなら、もうするのはやめよう…。 居ても居なくてもどちらでもいいなら、私じゃなくても他の人でもいいのなら、もうそんな所に居るのはやめようと…。
自分に合わないことをしていると、持てる力が発揮出来ず、考え方もどんどんネガティブになっていきます。 人生山あり谷ありと言いますが、この時は、まさに谷にいたようでした。 私は、十代の頃から詩を書いていたので、そういうモヤモヤした気持ちの時は、書くことで吐き出していましたが、それでもキツイなと感じていました。
何で知ったのか、忘れてしまいましたが、この言葉と意味を目にした瞬間に、涙がポロポロ零れてきました。 “救われた” そう思えました。 まるで、私のしてきたことを、全部見ていたかのような理解力や受容力があり、タイミングもドンピシャだったため、とても心に刺さりました。
上善は水の如し。水は、人々の嫌がる、低い方低い方へと流れていく。そうやってどんどん、大海へ流れゆくのだと。 今の私を、優しく温かく包んでくれるような、どんな私でも丸ごと受け入れてくれているような、母性のような愛情すら感じられました。
こういう師に出会えたなら、私の人生はどれ程よくなっていくだろう…、と思ったこともありましたが、会わずともこうしてちゃんと教えを残して下さり、そして絶妙なタイミングでそれがもたらされているのだから、十分大丈夫なんだということが分かり、安心しました。
それから当時はまだ、若さゆえの正義感みたいなものも、旺盛でした。 そのため、大人の汚さを嫌ったり、口には出さないまでも、どこか反抗的だったりといったことも、あったと思います。 そんな私を諭すかのような言葉も、とても心に残りました。
それが、天網恢恢疎にして漏らさず(てんもうかいかいそにしてもらさず) という言葉です。 私が成敗するなんて意気込まずとも、天に任せておけばよいのだと。 この言葉によって、余計な重荷を下ろすことができ、幾許か心が楽になりました。
当時の私は、普通にお酒を飲んでいましたが、日本酒だけはどうしても、少し苦手に感じていました。 それから何年か経って、雑誌か何かで偶然、上善如水という日本酒があることを知りました。 とってもフルーティーで、日本酒を飲んだことのない女性にも、おススメと書いてあったので、早速購入して、その時初めて飲んでみました。
本当にとても飲みやすくて、冷やすとなお飲みやすかったです。 日本酒がこんなに美味しいものだとは、知りませんでした!(白瀧酒造の回し者ではありません笑)

夏に冷やして飲むのが格別!🍶
TAOの無為自然という生き方が、本当は最も大事なんだ。しなきゃいけない(と思い込んでいる)ことに囲まれて、少々息苦しさを感じている今だけど…。 それでもこういう教えに触れているだけで、気持ちがとても楽になる。
今から二千年以上前に、生きていた人によって書かれた書物で、現代に生きる私たちが救われるなんて、とても不思議でなりません…。
善き本との出会いや、その本から栄養を自分に与えてあげる事は、思っているよりもはるかに、人生には大切なんだなと気付かされます。(単に知識を得るだけではなく、全身で養分を吸収するかのような読み方が肝心!)
今日は、久し振りに懐かしいお話しが出来ました! 楽しんで頂けてたら幸いです。
最後までお付き合い下さり、ありがとうございました♡
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では、また~(^O^)/