
いつもブログを読んで下さり、ありがとうございます❤
今日は、こんなタイトルのお話しをしたいと思います。
一般的に、我慢というと、「 忍耐 」のことと思われていますが、ここでは仏教で言われている〈 我慢 = 我を通す慢心の心 〉を指しています。
こうなってしまうと、周りの人の声を聴かずに、自分の思いだけに囚われてしまいます。 頑張ってしまうのも、ここから来ているのかなと思います。
慢心というのは、誰にでもあるものです。 また、他人のそれはよく見えます。 しかし、自分自身のこととなると、全く見えていないということも、決して少なくはない。 本当は、こんなことさえ考えなくていい位、好きな事に没頭していられたらいいのに…。
私は仏教徒ではありませんが、お寺の保育園に1年程通っていたこともあってか、そこには、明らかに家とは異なる空間があり、よい事よくない事も、家とは異なるルールがあることを、知っていました。 何より、お作法を厳しく感じて、正直「行きたくない」と思っていた記憶もあります…。
世間一般では、良しとされていることでも、仏教の観点からみると、「悪い」となるようです。
何かおかしいと感じた時、頑張ってるのに上手くいかない時に、確かめてみてほしい。 一人よがりになっていないか。 強がっていないか。
狭まった視野を広げ、見渡してみれば、世の中には優しい人の、優しい思い・言葉が、実はたくさん溢れていることに気付けます。 自分の胸の中に、ささくれだった心を見付け、そこに、そんな染みないお薬を塗ってあげよう。 そうした思いに触れることで、自分の心をコーティングしてあげるのです。
自分を強いと思っている人ほど、要注意です。
私は、人間という生き物は、そんなに強くはないと思っています。しかし、そんなに弱くもないと思っている。
一人で頑張り続けられるほど、強くはないけれど、人の力を借りれないほど、弱くもないと。
人生は修行ではなく、幸せになるためにあって、そしてこれは、幸せになるための知恵 ( 教え ) だったのですね!
今日も最後までお読み下さり、ありがとうございました。
では、また~ (^-^) /